「なぜか落ち着く」を、設計する

更新日:コラム

「なぜか落ち着く」を、設計する

― 居心地は、ひとつの理由では生まれない ―

良い家を訪れたとき、

「なぜか落ち着く」

と感じることがあります。

とても広いわけでもない。
特別に豪華な素材が使われているわけでもない。

けれど、そこに座ると自然と肩の力が抜け、
もう少しここにいたいと思える。

私は、この「なぜか」という感覚の中に、
住宅設計の本質の一つがあると思っています。

居心地は、数字では表せない

住宅には、さまざまな数字があります。

広さ、天井高、室温、湿度、断熱性能、照度。

もちろん、どれも大切です。

けれど、それらの数字をすべて整えたからといって、
必ずしも心地よい空間になるとは限りません。

反対に、決して広くない場所なのに、
妙に落ち着くこともあります。

人が空間を感じるとき、
私たちは一つの要素だけを感じているわけではありません。

光の強さ。
天井の高さ。
窓までの距離。
素材の手触り。
外から聞こえてくる音。
人との距離。

そうした無数の小さな要素を、
身体は無意識のうちに受け取っています。

居心地とは、それらの関係が整ったときに生まれる感覚なのだと思います。

広さよりも、身体との距離

住宅を設計するとき、
私は「広いか、狭いか」だけではなく、
人の身体と空間との距離を大切にしています。

たとえば、ソファに座ったとき。

天井がどのくらいの高さにあるのか。
窓からどこまで視線が抜けるのか。
背中側が守られているのか。
家族との距離はどのくらいなのか。

数十センチの違いで、
人が感じる安心感は大きく変わります。

すべてを広く、すべてを開放的にすることが、
必ずしも心地よさにつながるわけではありません。

開く場所があれば、閉じる場所もある。
高い場所があれば、低い場所もある。
明るい場所があれば、少し暗い場所もある。

その緩急があるからこそ、人は自分に合った居場所を見つけることができます。

光にも、居心地がある

明るい家が良い家だと言われることがあります。

けれど私たちは、
家の中を均一に明るくすることを目指しているわけではありません。

朝には朝の光があり、
夕方には夕方の光がある。

窓際には明るさがあり、
部屋の奥には静かな陰影がある。

その変化があることで、
人は時間や季節を感じることができます。

私は、光を「量」だけで考えるのではなく、
どこに光を置き、どこに影を残すのかを考えることが大切だと思っています。

影があるから、光が美しく見える。

建築の心地よさもまた、
すべてを満たすことではなく、
そのバランスの中にあるのだと思います。


「居場所」をつくる

家の中には、
名前の付いた部屋がたくさんあります。

リビング、ダイニング、寝室、書斎。

けれど実際に暮らし始めると、
人が好きになる場所は、
必ずしもそうした名前の付いた場所とは限りません。

階段の途中。
窓辺の小さなスペース。
庭が少しだけ見える廊下の端。
ダイニングから少し離れた椅子。

何のための場所なのか、
はっきり説明できない。

けれど、なぜかそこにいたくなる。

私は、そういう場所がある家は豊かだと思っています。

建築家が「ここでこう過ごしてください」と決めるのではなく、
住まい手自身が、自分の居場所を発見していく。

その余地を残しておくことも、
設計の大切な仕事です。

心地よさは、説明できなくてもいい

私たちは設計者なので、
一本の線にも、窓の位置にも、素材の選択にも、
できる限り理由を持って設計します。

けれど、その家に暮らす方が、
その理由をすべて知る必要はないと思っています。

「この窓がこの高さだから落ち着く」
「この天井が何ミリだから心地よい」

そんなことを意識しなくてもいい。

ただ、

「なんとなく、この家が好きだ」

そう感じてもらえること。

設計者が考え抜いたことが、
説明ではなく感覚として伝わっているとすれば、
それはとても良い建築なのではないでしょうか。

「なぜか」のために、考え抜く

居心地の良さには、
ひとつの正解がありません。

だからこそ私たちは、
敷地を読み、
暮らしを聞き、
光を考え、
寸法を整え、
素材を選び、
何度も図面を描き直します。

一つひとつは、とても小さな判断です。

けれど、その小さな判断の積み重ねが、
やがて言葉では説明しきれない空気をつくります。

「なぜか落ち着く」には、理由がある。

その理由を丁寧に積み重ねながら、
最後には、その理由を感じさせないくらい自然な建築をつくる。

それが、私たちの目指している住まいです。

BUILD WORKs
代表取締役 河嶋 一志